2007年12月04日

『第2回世界アーティストサミット』−コアミーティング

アートで世界は救えるか

21世紀、紛争、環境、人口、貧困、教育をめぐる問題は深刻化しています。
アーティストの持つ創造力こそが、問題解決の糸口を示し、閉塞した状況への突破口を開くのではないかということで「アートで世界は救えるか」をテーマに世界のアーティストによるミーティングやシンポジウムが行われました。

開催についての詳細は下記のURLでチェックしてみて下さい。
http://www.artists-summit.org/modules/tinyd9/

私はザクッと内容と感想を書きたいと思います。

メンバー写真2日間に渡って行われたこのイベント。

初日から2日目午前中、10時間以上にわたって行なわれる「コアミーティング」では、美術のみならず、音楽、ファッション、映画といったより広い表現世界からアーティストを集めたものでした。
企画監修・議長の宮島達男を始め、ジャールパット・アーチャワサミット、ギュルスン・カラムスタファ、イングリッド・ムワンギ、坂本龍一、クシシュトフ・ヴォディチコ、ユック・クンビョン。

「坂本龍一」と聞けば「おぉ!!」と思う人が多いでしょ?
私も「おぉ!!」と思った一人です。

聴講者は学生に限定し、希望者は「自分の身の回りにある身近な問題に目を向け、どういった問題かを説明し、その解決策を提案する」といったレポート提出が必要でした。
私もレポートを提出しました。

2日目午後に行なわれる「公開シンポジウム」では、芸術、デザインを学ぶ高校生、大学生、また産官学のさまざまな分野からパネリストを迎え、「コアミーティング」でのアーティストの議論をベースに、未来につながる芸術と社会の関わりについて討議しました。

長くなるので今日はミーティングのお話だけ書きます。

第1回目の世界アーティストサミット、コアミーティングは本として出版されています。
第2回目も出版されるようですので内容の詳細は書きません。
(是非読んで見て下さい。なかなか面白い発言なんかもあって退屈しないですよ。)

コレを読んでくれている人に私が伝えたい事と感じたこと書きます。

世界情勢は様々で、個人に降り注いでいる状況も様々です。文化も違います。
生活レベルの違いはモラルの格差を生むのでどうしても分かり合えない部分というのがでてくると思います。
つまり『平和』の定義も違う。

ミーティングで何度も繰り返された言葉に「早急な結果を求めてはいません。」というのがありました。
大切なのはこのようにミーティングをするという過程でもあるからです。

アートというのは物理的にダイレクトに人を救う事はできないかもしれない。
けれども心理的に救うというのも非常に大きな役割だと思います。

ジャールパットさんが「行動した際のターゲット数の違いにより行動を諦めるものではない。」といった様な発言をされました。
ほんとうにその通りですよね。アーティストらしい発言ですよね。

他国のアーティストの参加により、日本人だけでは出てこない意見も沢山ありました。

まず「トラウマ」という言葉が多数でてきました。
未だ戦地である地域は、この私の生きている同じ時間でも存在しているのだとリアルに感じさせられました。

「惨事の理由を考えず、惨事だけを見て解決を求めても何もできない。」

パリの凱旋門の意味を知っていますか?

観光で記念写真を撮るあの凱旋門は戦勝記念碑であり、門の下には第一次世界大戦で戦死した無名兵士の墓が納められています。
勝利しても戦死した戦士がいます。
勝利したという事は負けた相手がいるという事です。。
記念碑1つで語られることが沢山あります。

長い歴史のなかで生まれた不幸な過去を、過ちをどうすれば繰り返さずに済むのか。

坂本さんは、今まで音楽と社会的・政治的な事とクロスさせたくなかったと言いました。
過去に悪い事例があるから。
でも2000年を迎えて、考えざる負えない状況だと、そしてアートと問題との『縁』を感じると言いました。
彼は地雷撤去や環境問題に積極的に取り組んでいます。

韓国のユックさんは平和の対極にあるのは戦争ではなくて恐れであるといいました。
問題は自己の中にあって、個人の発展や認識の向上にによる「貢献したい」という意識の高まりが必要なのですね。

漠然としてきましたが・・・、ま、アーティストとしてという事で
まずゴミにならないものを作るというのも重要です。

つまりは「いい作品」を作ること。
ずっと大事にしてもらえる物をつくる事、丈夫なものを作る事。
物を選ぶ基準は、会社(製作元)の姿勢(コンセプト)も重要視するべきですね。
アートは無駄なように思われることもあるかもしれませんが科学工業文化と組んで物理的なものを生み出すことは充分に可能だと思います。

坂本さんが「GoodSide」にいる必要はない。と言ったんですよ。

そう、そうなんですよ。
いい人でありたいとか社会に貢献したいとかではなく「関心がある」ただそれだけでいいのです。
そしてただそれだけであるというのを理解しなければいけない。

若い世代、それこそ10代が「平和のために」というと何やら居心地が悪くなることもあるでしょう。
過去に書いたホワイドバンドがいい例です。

坂本さんのこの言葉は本当にそのままなんだけど思いを上手く言ってくれたなぁーと嬉しくなりました。

ユートピアなんてないぞ!という意見もありました。
それは憧れなど持たなくてもいい世界にすればいいんだっという意味です。
なるほど。

結局戻ってくるのは個人個人なんですよね。
一人一人が信頼される。
そしてその人たちがこのように1つのプロジェクトを始める。
そうしてプロジェクト全体に信頼が生まれる。

私は情報デザインを学ぶにあたって、どうしてその作品をつくるのか、どうしてそれが必要かと考えるときの思いは重要な部分だと考えます。

私の場合は「悲しさ」「虚しさ」を表現したい・・・・というよりは「面白い」「楽しい」をただ求めています。
でも、マイナス要素からプラスの必要性を感じる事もあるので、そういう表現もアリだと思っています。
マイナスの感情であってもプラスの感情であっても根本的に求める所は一緒なんじゃないかと思うんです。

やっぱり「ラブアンドピース」なんですよ。

楽しい事したいのに苦しんでる人がいると後ろめたいじゃないですか。
ずっと楽しんでいたいのに未来を危惧しないといけないなんてイヤですよね。
全ては楽しく過ごすためなんじゃないですか?
ちょっと究極な表現ですけど。

ま、長くなるのでコアミティーングで感じたのはこんな感じです。
posted by ケリイ at 21:00| Comment(5) | TrackBack(0) | ソーシャル | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
原油も高騰するし、温暖化の問題もあるし、
この先に自分たちの生活になんか不安があることは皆わかってるんやけど、だから今日1日をどう過ごすかっていうのは中々繋がらへんもんな〜
そうやって問題提起してくれる人達の事実や意見
に素直に耳を傾けないといかんね!
Posted by ナンチャン at 2007年12月05日 09:04
I'm glad it's your birthday
Happy birthday to you. 
Posted by 乾燥 at 2007年12月05日 12:01
>ナンチャン
そうやね、日本にいると危機感っていうのが薄れるんよね。
また続きで書くけどね、このイベントものすごく感動したんよ。
無知なのも危機を感じる。

>乾燥くん
ありがと!!
パーチー来て下さいよ!
Posted by ケリイ at 2007年12月05日 13:29
読んでいて、とても胸が熱くなりました。
私も民族紛争をなくしたくて、文化人類学を大学で専攻した事、
妹や家族の事を伝えたくてドキュメンタリーを作りたかった事を
思い出しました。自分の中にある熱い思いを具体化できるように
もっともっと進んでいきたいです。
Posted by まこ at 2007年12月06日 00:10
>まこちゃん
そう、そうだね。
そうなんだよ。
文化人類学を専攻してた事ってすごく作品を作るのに役立つと思うよ。
妹さんのことも個人のことだけど、でも世界の事でもあると私は思ってます。
まこちゃんの家族への愛情はいつも話ししてて感じるし、一緒にいいもの作っていこうね。
Posted by ケリイ at 2007年12月06日 08:20
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